了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

三木清(人生論ノート)②

三木清善く理解しようとするときは岸見一郎教授の姿勢を善く理解するし、三木清を悪しく理解するときは岸見一郎教授を悪しく理解することになる。もっと言えば三木清をどうとも理解できるし、岸見一郎教授に限らず例えばあなたを善くも悪しくも理解できる。三木清を狂人と捉えることはできるし、況して私を馬鹿扱いにもできるって事。

私が仮にあなたに1+1=2と教えたならあなたは侮辱されたと感じるかも知れず、幼稚園児でも解ける問題を成人に対して尤(もっと)もらしく教える私を知能遅れと捉える人は多いのでなかろうか!?  結局評価の善し悪しは捉える人に懸かっているのであれば、三木清世間の評価に一喜一憂することなく幸福三木清を作ることが大事となる。

釈迦門下となって釈迦に悪しく学んだ高僧・提婆達多がいたけれど、世俗のままで釈迦の真実を広めた維摩詰がいた訳で、善く学び、真実を語り続けた姿勢を釈迦は尊んだ事実に私が学ぶとしたら、提婆達多にいかに罵られようとも、世間の評価はいかに悪くなろうとも私は提婆に善く学び、維摩詰に善く学ぶべきだと考えることになりそうです。

人生論ノートの読み解きは難しい‥その理由を岸見教授は時代背景にあると語るが事実はそうに違いない。難しいゆえに私たち読者のためには私たち自身の読解力が要請されているとも言えるでしょう。アカデミズムもジャーナリズムも黙秘を続けるしかないとき、私たち市民は自分自身に残された理性と読解力を駆使して事実を述べるべきです。

それで三木清を当時の誰がく評価しただろうか? 三木は真理を語りつづけたかも知れず、真理を語ろうとする三木の姿勢は心理主義として当時の権威・権力から排斥されたとしたらそれは三木清が責任を負うべきだろうか、それとも排斥した権威権力が負うべきとして責任を問われるべきだろうか?私は三木の曖昧さをここら辺に感じるのです。

蝙蝠(こうもり)の気持ちを私は確りと分らないが、分らないまでも私の理性と読解力をフル動員することはできる。蝙蝠が授乳するサマは哺乳動物だし、空を飛ぶサマは鳥のようだし、それで蝙蝠が哺乳類として生きたかったのか鳥類として生きたかったのかは分からなくとも、仲間として受入れてくれるならドチラとも仲良くできた蝙蝠かもね。

その蝙蝠を獣たちは排斥し、鳥たちも排斥しても、それは獣の都合であり、鳥の都合でしかなくて、生きるための蝙蝠の已むなき選択とは誰にも理解されなくて四面楚歌の状況が解かれなければ蝙蝠の不幸であり、終戦後も獄に囚われっぱなしの三木清の不幸が蝙蝠の不幸と同じように続いたとしたら、その責を負うべきは誰にあるのだろうか?

私はなにも三木清を責めようと思っているのではないのです。そんな悪しき結論を導きだすために私は哲学しているのではない。 悪しき結末に至らないために私たちはどう哲学すべきなのか? どちらにも嫌われたくなくてどっちつかずの言動をしてしまいがちな私たちですが、そのような態度・言動は結局己に悪しく返ってくるかも知れませんね。

岸見一郎教授は三木清に善く学ぼうとなさってると私は理解しているし、私自身も三木清に善く学び、岸見教授に善く学び、さらに蝙蝠に善く学んでいきたいと思うのです。当然ですがあなたにも善く学びたい。あなたに於かれては如何でしょう?😅