了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

かぐや姫⑤ 情を絆(ほだ)され

三木清(人生論ノート)⑨で触れたかぐや姫をココへ載せますね。

 

月の都の民衆に感情は無用の長物とされているようで、かぐや姫は刑期を終えて地球を発つときに感情を失くす薬を呑んだことを竹取物語をお読みになった方々はご存知でしょう。そうすると地球へ送致される前のかぐや姫は感情のないロボット人間だったことがお分かりになる筈です。感情のないロボット人間が月の世界で罪を犯したということはかぐや姫は何らかのミス(失敗)をしてしまったと云うことです。

民衆は感情を持つことを許されないが、責任者(集団の頭脳)はいる訳でトップだけは感情を持っていると理解できる。そうすると月の都は独裁社会だろうな。感情があると独裁者なみの暮しに憬れますから独裁者には感情(心)を持つ民衆が邪魔。独裁者の私生活に興味を持つ民衆がいては困る。そして失敗した民衆は折檻(せっかん)する。島流し(地球への送致)とか独裁者の考えそうな刑罰はあなたもご存知でしょう?

生れる前の赤ん坊は感情が具わっているかも知れないが定かでない。かぐや姫は感情豊かに育っていく。帰らなければならないという日がきて、かぐや姫の気持ちは私には確りとは分らないが、月を見ては涙を流したのだから別れたくなかった!? 月へ召喚される日の感情を失くす薬を呑むまえ、不死の薬を帝に贈ったりして人情味豊かなかぐや姫の振舞い、それが一転して人々をロボットの無機質の眼で見やる変りようでした‥ね⁉ 

かぐや姫幸せなときは翁媼が嬉しくなるような笑顔や素振りをしていたのでなかろうか?幸せなかぐや姫は翁媼に対するだけでなく人々への優しい気遣いができていた。月の迎えがくる日が近づくと悲しくて、しかしだからといって誰かに当たる訳でなく、別れの日まで人々を幸せにしたかった。自分が悲しくても辛くても人々が悦べばそれで満たされた。かぐや姫の情は地球で育った感情であり、情に絆されて幸せだったみたい。

人には感情があるから他者を思い遣ることもできる。感情を善く育てることで人は社会に尽くすことを憶えるのでしょうね。自分を大切に思うから他者を大切に思えるのでない。自分を大切に思ってくれる(たとえば母や父や家族や仲間の)優しい想いに感応して自分の中からも優しい気持ちが自然と湧きでてくるのでしょうね。知らない物は出しようがない。社会が大人が温かい優しい心で包むのが人間作りの始まりでしょう。

私はそう思うのですよ。