了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

維摩詰⑧ 維摩が病気??

(維摩経の講師)釈徹宗氏は維摩の病気は本当だったと思うと述べておられる。それなのに名の知れんオッサンが「維摩が病気??」と言っては噴飯ものか? あなたが食い掛けの御飯を噴出しては掃除する人が気の毒ですし、私が代りに謝っておきますね。😓

私は単に「病気は心や体に不調または不都合が生じた状態」と理解していて病気の深い意味を念頭に置いて述べている訳ではありません。仮に維摩が不調・不具合に陥ったとしてそれはどんな不調・不具合なのか述べられてなくて私にはトンと見当もつかない。

それよりも私には舎利弗たちの健康が気になって仕方がない。もしかして病気の出家や菩薩たちが健康な維摩見舞れ目的で訪ねたのでなかろうか!? そんなことを考えてしまう。夥(おびただ)しい数の出家信者が病を治してもらいに維摩の元を訪ねた。アハッ😅

病人がドクを訪ねて治療して貰うのは何の不思議もないことで、むしろ医者が往診することのほうが少ないと言えなくもないし、即ち、維摩を名医に見立てた釈迦が病人(出家たち)をドクターの元へ送り込んだと素直に解釈できるのでなかろうか。私はそう思う。

お医者さんに注射してもらおうねと言われて病気の子供は喜ぶだろうか? 灸(やいと)しようねと言われて子供は恐がり嫌がって逃げたいと思うのではなかろうか?ちがうの⁉

私はあなたにこうして語っている。その意味はお分かりにならないかも知れない。釈迦の慈悲は維摩詰に伝わっていたと思う。釈徹宗氏は誰に語ったのだとお思いになりますか?おそらく出家信者向けに今回の講座を組んだのでなかろうか。断定はしませんよ。

私に須梨槃特(すりはんどく)ほどの智恵も具わってませんけど、少しでも近づきたいと願っていて、それで有りの儘を有りの儘に語ることしか出来ず、だけど、在家に語り掛けるのですから有りの儘が理想でなかろうかと‥そんなことを釈徹宗氏に学びました。

それで感謝を申します。ありがとうございました。