了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

エミール⑰ 約款 ‐3

(文化人についてルソーは)自由の感情をおしころし、人間に隷従状態を好ませるように仕向け、いわゆる文化人を作りあげた‥と述べているの‥?

隷従状態が普通になるほど人の徳が逃げていく‥の?

「普通は隷従状態に置かれるのを好まないだろ?」と言ってみる。じっさい、私自身は隷従状態に置かれたくない人。自由にモノを言いたいし、嬉しい時には素直に悦びたいし、悲しい時には悲しい現実を率直に認めたい。それでこそ私は心安らかに過ごせる。

それでルソーは文化人なの?それとも文化人に含まれないの?あなたはどうだ?自由に生きてらっしゃいますか?あなたに文化人の自負はありますか?仮に文化人の自負を持っていて、しかも不自由なモノ言いをしてるなら、あなたは隷従状態、奴隷の心なの?

俺の魂は奴隷なんかじゃないと叫ぶのは勝手‥だからって、自由ってことにならないよね!? ホントはどうなの?‥と暴露してやりたいルソー?ところが暴露できない事情があったりする。立会人の伊集院氏はどうなの?礒野佑子氏はどうなの?気になる所です。

ともあれ、暴露は面白くてもそれは他人ごとだから面白がっていられる。これが己のスキャンダルとかだと笑ってられない。そんな身勝手で無責任で能天気な生き物として暮すのはルソーのプライドが許さなかった‥と教えてくれる公平な仲裁人が私は好いな。

 250年昔の西洋‥洗いざらい暴露したら教会に殺された時代。その時代に書かれたルソーの著作から当時の事実が明るみに出ているならそれはルソーは命懸けで書いたってこと。それを私に感じさせてくれるって‥現実的に暮すあなたにはやっぱり難しいかな‥

それにしても私は隷従したくなくて、あなたも隷従したくない。だけど結果的には隷従状態に置かれるってどうしても納得いかない。そうなるのには結局二つの原因が考えられる。二つとも己さえ良ければ他人のことはどうでもいいという利己心から来ている。

先ず一つは他者を隷従させる地位に就こうとする。これなら己は隷従しなくてすむ。連合赤軍がそうだった。この人は主導権争いを演じて邪魔者を排除する。己の地位を脅かす邪魔者は敵方にいるだけでなく味方にもいて、己以外は全員が邪魔者になる計算だ。

二つ目は他者を隷従させようとは考えないが、己は隷従状態から免れられると虫の好いことを思っている。俺は親戚だからとか恩人だからとか己に都合のいい屁理屈をつける能天気。親戚とか恩人とか云っても己一人でない。横から下から後から足を掬われる。

私のためには大事なことを教えてくれた仲裁人と思っているから有難い存在で、私は隷従状態にならないよう対策することになる。あなたのためには大事なことは伝わっているだろうか?それならあなたは仲裁人に恩を感じて対応することになるのだろうなあ。

約款の読みかたは人それぞれかも知れないが、感謝できる読みかたをしている限り、人間を嫌いになることはなく、感謝のない読みかたしか知らなければ必然的に人間嫌いになるでしょう。飛び降りれば怪我を覚悟し、飛び込めば溺れる危険を覚悟すべきです。

立会人の表情まで分析しなくていいが、仲裁人の真意に近づくことで関係者が期待する「エミール」の用途や目的も浮きあがって見えるに違いない。ホントの文化人でありたい。私はそう思う。