了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

由美子って廣野だよね!?④

文学者は書籍を自分なりの約束に則って自由に解釈する人と言えそうだ。読者は書籍を自由に愉しんで好いと思う。心理学者は心理を研究して人心に通じる人。勿論、それ以上であって好いのは言うまでもないが、私にはどなたも割りと気楽そうに感じられる。

その点、私流の哲学は善い生き方を模索・実践する学問。なお、私以外の哲学に対しては緩々(ゆるゝゝ)な捉えかたをしている積もり。なにせ他者を偏見で決めつけては必ず己が惨めになりますからね。人の振り見て我が振り直せとでも言えばいいのかな‥😅

器量が悪くて堅物とされる三女メアリは勉強に打ちこんでいるの⁉ 憶測でしかないが私はメアリから平均的日本人女性を彷彿させられる。四女キャサリン五女リディアは電線に並んでとまる雀の姉妹を想わせる。いずれもこの小説に欠かせない大事なキャラ。

そして特別出演をお願いしている伊集院光氏と島津有理子氏は分った上の演技だと思うが四女五女のキャラを忠実に演じてくださっているように思えて、最後には「実はぜんぶ分っててやってたのだよぉ~ん」とか、種明かしの期待もしていたい私。ふっ (*´з`)

(ここから敬称略です)

牧師コリンズをどうして嫌うか?

(直接誹謗されたリジ―がマナーを無視したコリンズを嫌うのは置いといて)伊集院光や島津有理子、しかも講師の廣野由美子までが増幅した声を発したように感じたがいったいどうしたことなのか? そういったところをコピー文から検証したいと思う。

㋐伊集院(リジ―の)皮肉とちょっと笑っちゃうような残酷なセリフとか‥
廣野いかにコリンズが愚かな人間かと云うことを随分意地悪く皮肉ってますね。
伊集院こいつが懲りないでしょう、懲りないから何度言ってもいろんなことを言い返すでしょう
島津さあ、コリンズという何か、変人と言いましょうかね。奇妙きてれつな男が、新しく出てきました。でもですね、コリンズ、たしかに変ってますけども ここまでエリザベスも嫌わなくていいんじゃないかなと思うんですが、
廣野
母親にあまり気に入られていない → 「こんな親不孝な娘とは口も利きたくない」と(母親は)怒っている→自分を評価してくれない母親を持つことは人格形式に影響を及ぼす→安心感の欠如 →「あるがままの自分ではいけない」
廣野無力で失望させる父親。(せっかくの知性を持ちながら)人を笑い者にすることにしか使っていない(尊敬出来ない)。

ざっと上記のとおりで、初っ端から伊集院が感情的に声を荒げる。おいおい、誹謗されたのはリジ―であっても伊集院さんではないよ。伊集院廣野が応えるも冷静さを感じ難い。自己抑制が働きにくい集団心理はこうしてオデキのように脹らむのか。

いやいや、これは私の邪推かも知れず、あるいは怒られた者に有りがちの鬱屈した感情が癒されないままだったのかも、ともあれ、見た目の判断だけでは狂いが生じやすい。

>>牧師コリンズをどうして嫌うか?

ほんとにどうして伊集院・島津・廣野はコリンズを嫌うのか? 廣野の言葉を借りるなら フレーズ㋔㋕が該当する。だけど私の哲学ではその回答に導かれるのを佳しとしないのです。この辺が文学と哲学の違いかも知れない。ハテ???