了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

由美子って廣野だよね!?⑧ ポリシー

ここから第2回。私のpolicy観にも通じる。ベネット家でポリシーを想起させられる人物は今は次女と三女。もちろん、誰でも可能性を秘めているから勝手な決めつけでオミットするのは間違いだが、ポリシーの下地に確固とした意志が育ってなくてはなるまい。

意志は自意識という種子を育てたところに芽生えて、双葉となり、茎となり、蔓となり、脇芽となり、豊かな稔りを目差すが良い収穫が必ずもたらされると定まったものでなく、良い収穫は嬉しいことと決定したものでもない。即ち、ポリシーが大事になる。

なにが悦ばしいことなのか‥四女五女は未熟にして考えられもしない。悩み知らずの長女にポリシーは無縁で終りそうだ。Mr.ベネット氏もMrs.ベネット夫人も最大の関心事は刹那。それなら未来に関心がありそうな次女と三女の意志に期待したくなりそうです。

認識をゆがめるものという素晴しいテーマを廣野由美子氏が提示したのですから素通りせず、私の能力の及ぶ精一杯で考えたいと思う。そもそも認識って何だ?簡単にいうと有りのままを知り・認めることだ。偏見・先入観を僅かでも加えてはならない。

長女ジェインでいえば、幼い時から母親に評価され続けてきた。そのことでジェインの認識はゆがんでいないと言えるだろうか? その経験がジェインにモノゴトの好都合な面しか見ないようにさせているなら彼女の認識はゆがんでいると捉えるべきでないか?

しかも、ジェインの認識はゆがんでいないと捉える人の認識もゆがんでいると捉えることになる私の認識はゆがんでいるだろうか? いやいや、ややこしい? モノゴトを自分の認識は歪んでいないとする無責任な前提に立って考えない私。あなたはいかが?

今の日本の常識は「長女ジェインの認識はゆがんでいない」という妄想を土台にしてその上に積み重ねているのでなかろうか? あの人は有名だから正しいみたいな歪んだ認識。無名のオッサンだから認めないみたいな歪んだ認識、あなたはしてませんか?

歪んだ認識の煽(あお)りをモロに受ける家庭に育ってモノゴトを真っ当に見る習慣を身に付けられなかったあなたのお子や孫はどうなるだろう? 私は可哀想でならないが、あなたは如何お思いになるだろう。己を堅い意志で善く変えたい思い‥私のポリシー。