了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

由美子って廣野だよね!?⑫ ジェインのこと

ここまで書連ねてきて今さらながら廣野由美子氏の巧みなリード捌きを感じて有難く想っている私。3回目の講義に入る前に私が書くべきことはほゞ出つくした気がするが、気がついた範囲でぼちぼちと書き足していきたい。

さて、特別出演の廣野由美子‥私は彼女に長女ジェインをイメージする。先に書いておくが私はジェインを買っていない。廣野の実態はどうか知らないが、ジェインの人柄は悪くなくても詰らない。だからジェインがビングリーをどう思おうとも気にならない。

ジェインを嫌う人はいないと思うし、じっさい彼女は世間的にも評価されるタイプだろう。だがオースチンはジェインのようになりたいと思わなかったのだろうな。理由は私のと同じ「詰らない」からだがジェイン自身は己の詰らなさに少しも気づいていない。

ジェインが才能豊かだったら廣野のように進化したのかも知れないな。ジェインと廣野、どちらが幸せかは置いてです。賢ければ成長せずにいられない。だが成長することを許されない立ち場に置かれていたとしたらどうだ? 総領の甚六で幸せなのかも‥。

現実には総領の甚六のままで済まされない人が多いのでなかろうか?人は裸の猿の末裔だからどうしても気づいてしまうんだ。母親は決してジェインの足を引張っている積りはないのだけど、少々賢い子でも親の干渉を快く理解しようとせず、反発しがちだ。

ところでジェインの母親の言い分をここで与えるなら「女の子は余計なことを考えなくていいから美しい世界に親しみ過ごすことを憶えなさい」と云うことになるかも知れない。そして「醜いもの・汚いものからは絶対に遠ざかりなさい」となるのかな。

お人形さんごっこのお姫様のように育てられたことを知る人たちはジェインが大切にされていると思うかも知れない。歪んだ認識にはそう映るかも知れないがオースチンの認識はそう捉えなかっただろう。そんなジェインのどこが幸せなものか‥だったのかも。