了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

由美子って廣野だよね!?⑯ 使命~使徒

長女ジェインの心に使命感は見られず、彼女に身命を擲(なげう)つ気概は育たない。それなら使命感が見られるのは誰かと哲学せずにいられない私。どんな哲学も仲間に強要すべきでないから釈迦ナザレのイエスも言葉に示し、自ら実践して見せたのだろう。

日々のデキゴトを只々楽しみたいジェインを誰も咎めるべきでない。次女リジ―の生甲斐はジェインとは別の所にあって、これも咎められるべきとは思わない。同様に三女メアリ―も四女五女もダーシーも他のどの登場人物も咎められるべきと私には思えない。

身命を擲って努力する人(≒使徒)と己の使命を知る人とは必ず一致するのでなく、使命を知る人は使徒であっても、使徒が使命を知るとは限らない。結局、使命を知る使徒が尊いと云うことになろう。仏教では使命を知る菩薩が活躍する時に触れているようだ。

使徒と云い、菩薩と云い、私の感覚には彼等が真実を述べて世を覚醒させたいように見える。真実を述べ、世を覚醒させようと願う人は命題への一本道に次第に通じていくに違いない。一本道ゆえに逆行した後方は深淵の泥沼が口を開けている。私はそう思う。

私が信じる哲学を云えば、責任が重く大きくなる程にくもしくもその見返りは大きい。責任がない者には見返りその物がない。この哲学に納得するとき私は前向きになって、努力する悦びを得て、そうしてどんな結果がでても甘んじて享受することになる。

何を観るか?真を観るか、美を観るか、善を観るか、利を観るか、正義を観るか、相対価値を観るか、絶対価値を観るか、読みかたは色々だけど‥己の精一杯で読めたら満足すると思っている私なのです。

Pride and Prejudice(≒高慢と偏見)の一端に触れただけだが、このように私を豊かにしてくれたのは事実。私を豊かにした100分 de 名著廣野由美子氏への見返りは私の比でないのは余りに当然で感謝の言葉もない。先にお礼を述べておきます。😌