了(りょう)

このブログは「思想」をメインに扱います。私の場合は思想と云っても決して高尚なものでなく「対話重視の思想」という程度のものです。😓

由美子って廣野だよね!?⑰ 価値論

諺に「嫁は下から婿は上から」とか、「小糠三合あったら婿養子にいくな」とか言われるが要するに、結婚するなら双方の家柄が吊り合っていなければ中々上手くいかないってこと。伴侶の育ち(≒家柄)は人柄に表われやすくて中々改まらないかも知れません。

縁談が持ちあがった際に取交わす吊書(= 釣書)。吊り合う相手か、納得できる相手か‥家柄・資産・家族構成・学歴などをお互いに確認しあうのにモッテコイの吊書損せず得(とく)したい等の思わくも働いたりして取り持つ仲人はとても重宝されそうです。😇

それまで取るに足りない存在だったコリンズ。そいつがリジ―と同じ格付の家柄を纏って現れて求婚したのだ。リジ―が意味なく軽視してきたコリンズは男の数にも入らない格下の塵の筈だった。そいつと立場が入れ替るなんてリジ―には受入れられない現実。

この現実からリジ―が逃れるためにはどうしたらいいか? 貧しく落ちぶれる前に現状と同格あるいはそれ以上の伴侶を手に入れるよりほかにリジ―が考えられる手はあるまい。なにせ落ちぶれたくないという必要条件を満たさなければならないリジ―だよね?

私なら別の途を採るはずだが、これまで廣野由美子氏はリジ―に別の途を指し示していなくて、ここはオースチンと同じ道でOKだと一応捉えておきたい。しかも嫁は下から貰えという諺に合致するし、シンデレラの例もあるし、ナニより幸せであって欲しい。

それはさて置き、吊書には相対的価値が列記されることになるのだろうな。その点、リジ―の場合はどうか?やはり相対的価値が並ぶのだろうか?西洋は価値論の発祥の地だが‥仮にも相対的ってことなら価値論を貶めていないか?そうであれば悲しいこと。

私は哲学で捉えるから悲しく思うのかなあ‥? 英文学はどうなの?廣野氏はどうなの?面白けりゃいいじゃんって考えかたも分るけど、それも私は受けいれるけど‥「西洋の価値論≒相対論」って如何なの?それで好いの?そんなこと考えてしまう私なのです。

 

ごめんなさい、これまで西洋の価値論が相対論か絶対論か、あるいは西洋の価値論は普遍的価値か‥なんて考えた意見に出合ってないから、これは読み飛ばして貰ったほうが恥を掻かなくて好いかも知れません。汗 😅